本目録は、東北帝国大学医学部解剖学教室の初代教授であり、わが国の脳解剖学研究の第一人者であった、布施現之助(1880-1946)の文庫目録です。
明治13年(1880)に小樽に生まれた布施現之助は、38年に東京帝国大学医科大学を卒業した後、スイスに留学し、チューリヒ大学の脳解剖学研究所において脳病理学・解剖学の研究によって著名であったC.v.モナコウ(Constantin von Monakow)に師事しました。帰国後、新潟医学専門学校教授に任じられましたが、大正2年(1913)には再びスイスに留学し、モナコウと共同研究を行いました。その後、東北帝国大学医学専門部教授をへて、大正4年(1915)に同医科大学教授に任じられ、昭和16年(1941)に停年退職するまで、25年あまりの長きにわたって解剖学教室を主宰しました。
門下生の一人であり、比較解剖学・医学史の大家でもある小川鼎三は、つぎのように評しています。「著しく遅れて立ち上がった日本の神経学界を忽ちに欧米の水準に近づけ、数多くの独自な研究を発表して、斯学の世界によくその名をあらわした」、その人こそが布施現之助であったと。(『脳の解剖学』南山堂、昭和26年)
二度目の留学中にモナコウと製作した『顕微鏡的人脳図譜』は、髄鞘染色をほどこした延髄の前額断面図を描いた7枚の大判図葉であり、その精密さはまさに人間の能力の限界を超えているとさえ言われました。この研究は、その後発表された25編の論文とともに大正10年(1921)、帝国学士院恩賜賞を受けています。
布施現之助は生涯をつうじて、脳幹の組織構造、とくに三叉神経脊髄路、橋と延髄の側索領域の灰白質、聴覚神経中枢、赤核、前四丘オリーブ核などの観察と研究解明に邁進しました。また、学術誌Arbeiten aus dem Anatomischen Institut der Kaiserlich-Japanischen Universitat zu Sendaiを創刊するとともに、大正14、15年には医学部長を務め、一方では講義や学生の世話にも大変な情熱を傾けたといわれています。
本目録は、東北大学総合学術博物館企画展「脳のかたち・心のちず」の準備作業の一環として作成されました。しかしながら医学分館に所蔵される布施文庫の全貌をあきらかにするにはいたらず、その一部分の単行本・別刷の220冊のみを収録しています。暫定版としたゆえんです。現段階でコレクションはさまざまに分散・収蔵されており、今後さらなる調査が俟たれるところです。
(小川 知幸)
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