「青木大輔コレクション」所収 古文書目録解題

HOME >> 青木大輔コレクション古文書目録解題

■「青木大輔コレクション」の古文書

 青木大輔(あおき だいすけ、1901–1967)は東北帝国大学医学部を卒業後、宮城県衛生部技師を経て、宮城県衛生研究所を創設し、初代所長を務めた。一方、東北地方を中心とする医学史、疫病史に取り組み、その過程で古文書などの資料を収集したとみられる。本目録の古文書は、入手経緯が明らかになっておらず、青木一人によって収集されたかは不明である。内容的に見ると、①佐々城家関連、②猪股家関連、③「東北帝大医学部医史学同好会」関連、④その他の4つの資料群に大きく分類できる。

■古文書の概要

1)佐々城家関連資料

 佐々城家の遠祖は生出氏で、葛西氏の一門だったが、葛西氏没落の後桃生郡皿貝村に移り佐々城と改名したとされる。仙台藩医として知られるのは佐々城朴安(1785-1861、桃生郡中津山村新田生まれ。名は直知、号は省斎)の代である。朴安は、京都で婦人科を学び、仙台藩の医員となり、医学館の付属薬園長,婦人科教授を努めた。「救荒略」、「救民単方」、「解体補義」などを著述し、日常雑磁器の「神取山焼」をも始めた。
 佐々木家関連資料は100点以上を超え、本目録所収の資料群でもっとも多いが、朴安と家族間および家族関連の書状が特に目立つ。書状やその他の資料には、生活や地元の経営に関する内容が多く、仙台藩における医者の存在形態を明らかにするうえで好資料と言える。

2)猪股家関連資料

猪股家は代々仙台藩医を務めた家柄で、長崎で訳士となった源兵衛(No79-16「家譜書出寫」には傳兵衛)を祖とする。その子松順独玄は紅毛人加須波留より外科術を学び、尾張の水野監物某に仕えたのち、天和3年(1683)伊達綱村の代に300石をもって仕官した。ここに仙台藩医としての猪股家が成立する。
 猪股家資料として特定できるのは約40点で、天和3年より安政6年(1859)までの知行宛行状、知行御割目録が半分以上を占める。他に法橋叙位関連が若干あり、残り約半分は猪股鳳作の明治中期における職歴を追うことができる資料である。江戸時代末期における仙台藩医は120家を超えるが、知行関係の資料がまとまって残っている例は少なく、猪股家資料の学術的価値が認められる。

 
3)「東北帝大医学部医史学同好会」関連資料

 青木は東北帝国大学医学部医史学同好会の組織と活動にも力を注いでおり、関連資料が約20点残っている。刊行物の送付や展覧会のための資料の借用・準備、講演会の案内などに関する資料であり、点数は少ないが、当時における医史学同好会の活動が窺えるものである。

4)その他

 その他は、上述した三つの資料群に当てはまらない資料で、医学書や医学書付類が多いが、その性格は多岐に亘る。佐々城家や猪股家関連の資料も少なからず含まれていると推測できるが、その特定のためには今後のさらなる調査・研究が待たれる。

凡例

  • ・本目録は「一連番号」(通し番号)、「整理番号」、「表題」、「内容」、「作成者」(差出人)、「宛名」、「年月日」の項目立てで作成した。
  • ・「一連番号」は、基本的に資料を入れて保管している整理封筒ごとに付された番号であり、資料1点ごとの番号ではない。
  • ・「整理番号」は、資料が保管されていた元の秩序、状況を反映するもので、紐で束ねられていたものや封筒に入っていた複数の資料は、1点ごとに枝番号をつけて記した。枝番号をさらに枝分けして番号を付したものもある。
  • ・「表題」~「年月日」の各項目の情報は資料に表記されているものを採用し、目録作成者の判断による場合は「( )」の中に記した。
  • ・「表題」に関連する参考事項は、標題の横「〔 〕」の中に記した。
  • ・「内容」には、資料の内容、資料の管理と扱いのため参考となる物理的特徴(糊はがれや欠損など)等を記した。
  • ・「作成者」(差出人)、「宛名」には肩書きや住所など、資料に表記されている内容を反映して記した。
  • ・「年月日」の数字はアラビア数字に直して記した。
  • ・「■」は一字、「〔 〕」は複数字の未解読文字を表す。

  • 参考文献

    ○「青木大輔コレクション」関連
    ○仙台藩の藩医関連
    • ・田邊希文, 田邊希元, 田邊希績修纂、鈴木省三編『伊達世臣家譜』(『仙台叢書』仙台叢書刊行会、1936年。のち復刻版、宝文堂、1975年)
    • ・田辺希績編著、平重道, 斎藤鋭雄編『伊達世臣家譜続編』(宝文堂、1978年)
    • ・山形敞一「佐々木中沢と佐々城朴安―文政壬午女囚解剖をめぐって」(『日本医史学雑誌』21(1)、1975年)
    • ・長谷部言人「佐々城朴安と救民単方」(『仙台藩医史資料其二』東北帝大医学部医史学同好会、1935年)
    • ・長谷部言人「佐々城朴安の家系と被召出前後と公歴」(『仙台藩医史資料其四』、医史学同好会パンフレット第六輯、1935年)
    • ・青木大輔・古和田周助『仙台藩に於ける医師の家督相続について』(『仙台藩医史資料其三』医史学同好会パンフレット第五輯、東北帝大医学部医史学同好会、1935年)
    • ・張基善「仙台藩における諸医師とその把握・動員」(『歴史』109、東北史学会、2007年)

    • ・本解題は医学分館所蔵「青木大輔コレクション」所収古文書のうち、未整理の状態にあった310点余の調査結果である(平成27年5月現在)
    • ・本目録、解題は、東北大学大学院文学研究科日本史研究室の監修のもと、張基善氏(調査時同研究室研究員)によって作成されたものである。